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Servant's Servant



 なにかを知ることは、なにかの発端となり得る要素だ。
「ね゙え゙、『たんじょおび』って、なに?」
 キャンディがMissティラミスのベールをつかみ、その質問を投げかけた。
 ティラミスはキャンディに微笑みかけ、その答えをキャンディに授ける。
「それは生命体が生成された日から整数年経った日の事ですわ。
 人間は、その日に色々とお祝いをするんですよ」
「『おいわい』?」
 キャンディがおうむ返しに言い、ティラミスは悩むそぶりを見せてから更に答える。
「そうですわ。例えば、ですね――」

 そうして、キャンディが「誕生日」の事を色々と知った時こそ、この騒動の発端であろう。




「マ゙スター」
 しゃがれた声で、キャンディはレイヴンに呼びかける。
 感情のないキャンディが自律行動を取ることは非常に珍しい。もしかしたらヴァレンタインに命令でも下されたのかと訝しみ、警戒しながら呼びかけに応えた。
「なんだ?」
「きょう、3月28日?」
「……日付が、どうかしたのか?」
「3月28日?」
「……まあ、そうだが」
 突拍子のない問いかけに、レイヴンはとりあえず答える。
「あり゙がとう」
 キャンディが腰を折り曲げて礼をあらわし、進軍を始めた。
 眉をひそめ、レイヴンはキャンディの行動について思考を巡らす。
 敵対者であるヴァレンタインのサーヴァントを利用しているからには、ヴァレンタインの干渉によってサーヴァントが反逆する可能性もある。そのため、サーヴァントの不審な行動には細心の注意を払わなければならない。
 しかし、日付を知ってどうなるというのか? 日付がヴァレンタインに関わる何らかの因子に成り得る事はあるのだろうか?
 疑問が渦巻き、困惑が深まる。レイヴンが自問自答の深みにはまっていくその時、キャンディからの報告が入る。
「マスターゴーストに着いた」
 その報告にはっと顔を上げ、レイヴンは敵のマスターゴーストへと走って向かった。
 炎上するマスターゴーストが見えてくる。レイヴンはそれから少し離れたところで停止し、マスターゴーストに狙いを定めて法力を練り上げる。
「シュメルツ・ベルク!」
 鋭い軌跡がマスターゴーストに突き刺さり、その一点を起点にマスターゴーストが瓦解する。
 勝利を得て、レイヴンは達成感のないため息を吐いてサーヴァントに呼びかけた。
「目的は達成した。バックヤードに還れ」
 普通ならば、その一言でサーヴァントたちはすぐに消える。
 しかし、消えない。
 マスターゴーストの周囲に群がっていたサーヴァントたちはレイヴンににじり寄り、更にゴーストの制圧をしていたサーヴァントすらこちらに向かってくるのが分かった。
「どうした? 私は『還れ』と言っているぞ」
 異常な状況に警戒を強め、レイヴンは迎撃の姿勢をとる。
 それでもなおサーヴァントたちは寄ってくる。
「停止しろ。これ以上近づくな。マスターの命令だ」
 怒りを含ませ、レイヴンが声を荒げる。
 その時、キャンディが素早く動いた。
 今まで見せなかった速度でレイヴンへと詰め寄り、レイヴンは法力を即座に練り上げる。
「シュメルツ――」
 そうして法力をキャンディへ解き放つ刹那。
「マ゙スター、『たんじょおび』おめでとゔ!」
 キャンディがそう叫び、それを聞いたレイヴンがコケた。



「……一体なにかと思えば……私の誕生日会だと?」
 呆れ切って立ち尽くすレイヴンに、説明を終えたシャルロットが微笑みかける。
「はい。
 キャンディがマスターの誕生日を祝いたいと言ったたので、私達も協力しようという事になったのです。
 サプライズとして、マスターには伝えなかったんですが……迷惑だったですか?」
「いや、別にそれを責める訳じゃあない」
「それなら良かったです。では、まず始めに歌でも歌いますよ」
「歌?」
「ホラ、人間は誕生日に歌を歌うというじゃありませんか。
 あの、『ハッピー・バースト・トゥーユー』でしたか、どうだか」
「それは『ハッピー・バースデー・トゥーユー』だ」
「そうでしたか。
 では、気を取り直して、他の奴等が歌を歌いますから、どうぞ聴いて下さい」
 そう言ってシャルロットがレイヴンから退くと、エクレアとチェリー、それとチェリーハチェットが前に出てきて、鳴き始めた。
「キーキーキーシャーキー、キルルキーシャーキーキー」
「ギイギイ、キヒヒヒヒ、ギギギキャー」
「ギッギイッキー、ギュキーキーヒヒ、キーキー」
「…………」
 しばらく歌という名目の騒音を聞いて、騒音が終わると再びシャルロットが近づいてくる。
「どうでしたか?」
「……不協和音だった」
「まあそれはさて置き、次やりましょう」
 レイヴンの不評を聞かなかった事にし、シャルロットが再び退いて二匹のプロフェッサー・ブラマンジェが前に出る。
 二匹がかりで持っているのは、直径一メートルはあろうかという皿だった。その上には白いクリームで塗り固められた巨大なケーキ。
 その盛大さに思わず感嘆する。ブラマンジェは巨大なケーキの皿を持ちながら、震える声で説明する。
「お、一昨日から準備しましたケーキです。
 マスターの誕生日に間に合ってよかったです。じゃあ、どうぞです」
 言いつつ、地面にじかに皿を置く。
 それは衛生的にどうかと思ったが、そもそも不死者の自分が衛生を気にする必要はないとも思い、レイヴンは試しに食べるために足を踏み出した。
 しかし、それより速く動く影が足元で風を巻き起こした。
 大勢のキャンディは皿が置かれた瞬間にケーキの元へと走り、辿り着いた者が一斉にむさぼり食う。
「ゲェーッ!?」
 キャンディの波から逃げ遅れたブラマンジェは悲鳴を上げて倒れこみ、その上を更なる一群が踏みつける。
 ケーキの周囲がキャンディで埋まると、後から来た一群が飛びケーキへダイブする。中には勢い余ってケーキの中に埋もれる者もいた。
 レイヴンが呆然とそれを見ていたが、ようやくキャンディから逃れられたブラマンジェが、傍らでうなだれる。
「すみません……誕生日といえばケーキなのに……」
「いや、別にいい」
「でも、マスター、」
 ブラマンジェが謝罪の続きを言おうとした刹那、
「ギャー!」
「ん?」「え?」
「ギャー!」「ギャー!」「ギャー!」「ギャー!」「ギャー!」「ギャー!」
 ケーキを食べていたキャンディが次々に倒れ伏し、血を吐き、痙攣を始める。
 その様子を呆然と見ていたレイヴンの隣で、ブラマンジェが思い出したかのようにぽん、と手を打つ。
「あ、そういえば。
 マスターに食べさせるケーキを作る時、虫が食べないように殺虫剤をケーキに入れてました」
「……本末転倒じゃあないか」
 だが、食べなくて良かったと内心ほっとする。
 やがてぴくりともしなくなったキャンディの群を掃除してから、ティラミスがレイヴンへ近づく。
「もう一つ謝る事が御座いました」
「何?」
「わたくし、少し人づてで聞いた事が御座います。
 誕生日を迎えた人間は、棒状の物の先端につけた火を消すというのです。
 それはケーキを食べる前に行われる儀式だとも聞きましたが……申し訳ありませんね」
「確かにそういう事をするが、それは蝋燭で行う事だ」
「あら、わたくしとした事が」
 無知を露し、ティラミスが恥じ入ったように赤くなる。
「しかし、これから蝋燭を調達する事は難しいので……とりあえず、これで代用という事でご勘弁を」
 そう言って、ティラミスがサーヴァント達に命令すると、サーヴァント達は火のついた棒を手にし始めた。
「代用にすらなっていない気がするが……。
 って、待て。ちょっと待て。何故にじり寄っている? その上火をこちらに向けているのは何故だ?」
「どうせ火を消すなら、マスターの喜ぶ方法で火を消した方がよろしいかと思いまして」
「私の体に火を押しつけるつもりかッ!?」
 レイヴンが抗議の声を上げた。
 だが、サーヴァント達は止まらなかった。キャンディはすでに彼のマントを着火させ、更に別方向ではガトースキンがスカートに火を押しつけている。
 燃え盛る火がレイヴンを段々と包みこみ、彼に移った火は肥大し炎の域に達していた。
「待てっ! 待っ、キモチッ、待て! 止まれ! 離れろ! ちょっ、助けっ――ンギモギイイイイイイイィィィィィィィィィィッ!」
 彼の必死の制止に、ようやくサーヴァント達が止まる。
 皮膚がただれる痛苦に全身を覆われ、思わず口から嬌声が漏れた。
 このまま燃やされていた方が気持ち良いのだが、頭に残っている理性が消火のために地面をごろごろと転がる。
 何メートルも転がって、ようやく火を消せた。しかし被害はしっかり残っており、服のあちこちが燃えて肌が見えていた。
 その姿を見たティラミスが、口元を手で隠して少し蔑んだ視線を送っている。
「マスター、肌をみだりに見せるなんて……はしたないです」
「貴様は、私が自発的に肌を見せていると思っているのか!?」
 がばっ、と起き上がったレイヴンがティラミスを責める。
 それを無視し、ティラミスが小さく手を打って表情を朗らかに変えた。
「それはさて置きまして、まだお祝いする事が御座います」
「……今度こそまともに祝うのだろうな?」
「当然です。今、破廉恥な格好をしていらっしゃるマスターにぴったりなお祝いです」
「誰が破廉恥な格好にしたと思っている」
 レイヴンの非難をよけるかのようにティラミスが去り、代わりにミルフィーユが進み出た。
「マスター、プレゼントです」
 その両手に抱えられているのは、綺麗にラッピングされた立方体の箱。今度こそちゃんとしていそうだ。
「誕生日おめでとうございます」
「ああ」
 ミルフィーユの祝いの言葉に平和的に返答し、レイヴンは差し出されたその箱を受け取った。
 中身が何かいまだにわからないが、重量感から推測すれば軽い物だろう。
 まともそうなプレゼントにほんの少しワクワクして、レイヴンがミルフィーユに問いかけた。
「ここで開けてもいいか?」
「ええ。いいですよ」
 箱を彩るラッピングをほどき、包装を破き、箱の蓋を取る。
 その中身を見たレイヴンは、
「…………」
 沈黙した。
 中身は、「服」だった。
 それも、ただの服ではない。黒と紫を基調にした服で――、
 あちこちにリボン。
 すみずみまでフリル。
 いわゆるゴシック・ロリータの服である。それも同じ趣向をこらしたミニスカートも付いている。
 箱を持っている手が、いたって自然に震え始めた。
 手と同じく震える声で、レイヴンはミルフィーユに問い詰める。
「私にこれを着れと!?」
「我々サーヴァントとマスターをお揃いにしようという事になりまして、このように」
「第一、私がこれで喜ぶと思ったのか!?」
「マスターは元々スカートをお召しになっていたので、そういう趣味かと思ったのです」
「趣味じゃあない!」
「趣味ではなくとも、みにく……美しい我がマスターならば、そのような物も着こなせると私は思います」
「嘘をつくな! 今『醜い』と言いかけただろうが!」
 とにかく、レイヴンは忌まわしいゴスロリ服を消し去り、法力でボロボロの服を修復した。
「どこがお祝いだ……。まさかヴァレンタインからの嫌がらせか?」
 小声でぼやき、サーヴァントに向き直る。
「それで、この下らないお祝いはこれで終わりか?」
「まだ」
 ガトースキンが答える。
「マ、マスター。まだ、プレゼント、ある」
「ほう。今度は何だ? 三角木馬でも出すつもりか?」
 嫌味ったらしいレイヴンの言葉に首を振り、ガトースキンは石のような固体を出した。
「マスター、これ」
「……何だ、これは? ただの石ころじゃあないか」
「違う。よく、見て」
 そう言ってガトースキンが石の表面を指さす。
 そこには、よく見ると、
『Raven』
 と刻まれていた。
 自分の名前である。その意味が分からないレイヴンは、ガトースキンに訊ねる
「これが、何になるというんだ?」
「生きた、証」
 ガトースキンの答えに、レイヴンがはっとする。
 レイヴンの欲しい物は、生きた証だ。
「……しかし、風化すれば文字など消える。
 こんな証、私が死んだ後には、すぐに役立たずになるだろう」
「う、うん。だから、他、刻む」
「何をだ?」
「マスターの、こと。それで……えーっと」
「わたくしが答えます、マスター」
 ティラミスが一礼し、ガトースキンとレイヴンの間を割って入る。
「確かに物質は風化します。
 しかし、情報粒子は風化しません。情報の海、バックヤードにマスターの名前を刻みました」
「バックヤードに刻む? どのようにだ?」
「バックヤードそのものに干渉しないよう、コメントアウトしましたが……、言葉で説明する事は難しいですが、とにかく刻みました」
「随分と不確かだな。それで大丈夫なのか?」
「大丈夫です。わたくし達も、マスターの事をこの胸に刻みますから」
 そう言い、ティラミスは胸に手を当てる。
「バックヤード発生個体――サーヴァントに寿命はありません。
 わたくしたちがマスターの事を覚え、そして忘れずに生きていく事が、『生きた証』となり得るかと――図々しいですが、そう考えたのです」
「……そうか」
「……怒りましたか?」
「いや、怒っていない。…………嬉しい」
 最後につぶやいた言葉に、サーヴァント達が顔を明るくする。
「マスター、わたくし達も嬉しいです。
 もしかしたら迷惑をお掛けしましたかもしれませんが……。マスターがお喜びになって、わたくし感激致しました」
 迷惑の方を一杯かけられたがな、という無粋な愚痴は心の中でつぶやき、レイヴンはサーヴァント達に呼びかけた。
「これで終わりか?
 終わったなら早く還れ。早くしなければ、厄介な奴に見つかりそうだ」
「いや」
 キャンディが首を振り、レイヴンを見上げる。
「きょう、せっかくだから、ずっと一緒にいる」
「そうですよマスター。迷惑をかけた埋め合わせをしましょう」
 シャルロットもキャンディに同意し、他のサーヴァント達も声を上げる。
「キシャー!」「やるー!」「いいですわね」「美しく祝いましょう」「マ、マスターが良ければ」
「……まあ、いいか」
 レイヴンが諦め、サーヴァント達が歓声を上げる。




「――ねえ、ルシフェロ」
「ん?」
「わたしの誕生日って、いつ?」
「……いきなり何だ?
 はっ! もしかしてこれは、『わたしの誕生日を祝って欲しいの』という誘い……そしてそこから来るのは『わたしに構って』というアピール――」
「否定するよ」
「じゃあ、一体?」



「だって、誕生日になると、あの服を貰えるの」



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