Innocence and Immortal
――2187年、八月二十二日。レイヴン記す。
午前6:30頃に「背徳の炎」起床。兎四匹を狩り、焼いて食す。
それから7:00頃まで素振り。後に連れの、「木陰の君」の子息であるシンを蹴り起こし、7:05頃まで喧嘩。結果は「背徳の炎」の完全勝利。調子は普段と変わらないようだ。
シンが泣き終わった7:15頃、出発。それから10:00にしてイリュリア城に到着。「背徳の炎」らは城内に入ったため、空間迷彩により城内に侵入。
10:10頃、連王と「背徳の炎」が会話。内容はシンに関して。一方のシンの姿は城下町へ。シュヴァルツヴォルケンに尾けさせ、私自身は「背徳の炎」の調査を続行。
10:30頃、「背徳の炎」は連王にあてがわれた室内にて昼寝を確認。直前の会話から察するに今日はここで宿泊予定と推測されるため、これ以上の移動・殲滅等の調査対象となる行動はしないと断定。調査を中断する。
現在、シュヴァルツヴォルケンの座標を確認中――。
『……ああ、レイヴン。フレデリックの様子はどうだい?』
「いつも通りで御座います。ただ、今日はイリュリア城に居座るようです」
『報告、御苦労だった。翌日には別の事をして欲しいから、今日のところは英気を養った方がいい』
「承知致しました。しかし……」
『しかし?』
「『背徳の炎』と、あの『木陰の君』の子息が二手に別れたため、子息の方にシュヴァルツヴォルケンを尾けさせましたが、依然としてその居場所がつかめないのです。
これから自ら出向こうと思います」
『そうか……。また何か行動があったら知らせてくれ。それじゃあ』
プツッ。
二百年ほど前の電気駆動式話機のような音を立て、「あの御方」との通信は切れた。
見ていたメモを破り捨て、私は疲れたため息を一つ、地面に落とす。
まさか、シュヴァルツが命令を無視したのか?
そんな事を思いつつ、何度目かの応答催促を送った。すると――。
『――あっ、あのっ、マスター!』
「何だ。やっと繋がったか。
まあいい。それより、そちらの様子だが――」
『ごめんなさいっ、それどころではないんです! 私、今、シンのミニ――ああっ! 窓にっ! 窓にっ!』
ブツッ!
突然途絶えた通信。舌打ちし、私は一瞬だけ確認できた座標へ駆け出した。
「何事だ、一体?」
石畳の道を早足で歩き、目的地に近いところで立ち止まる。
ここにいたはずだ。あの時から少ししか経っていないならば、ここから然程離れていないはずだ。
手がかりを探そうと、辺りに目を向けた。
すると、暗い裏路地の、舗装されていない湿った土。そこに、新しい足跡があった。
裏路地に足を踏み入れる。しばらく行って狭い十字路に当たり、どこへ行くか迷っているところで、声がその判断に割り込んできた。
「――おいっ、ハミングソード! そのカラス離しとけよ! 嫌がってるだろ!」
『このカラスはミニオンよ! 敵のミニオンなのよマスター!』
『嫌ー! 離してお願い離して下さいー!』
右。
そちらへ向くと、ハチドリを模したミニオンが、シュヴァルツを突っついている。
そしてそれを止めようとするシン。
ミニオンは私を視界に認めると攻撃をはたと止め、こちらを見て報告する。
『あ!
敵マスターを発見!』
「え? ――って、うぉわっ!?」
私を指さし、ずざざざざっ! と土埃を上げて後ずさる。
攻撃の手が止められたのを幸いに、シュヴァルツは私の元へ羽ばたき寄り、私はシュヴァルツを逃がさせた。
とりあえず発見はしたものの、どうしたものか。こちらの存在を確認されては、尾行することはできない。
思考を巡らせている時に、シンは震えた指をさしたまま、噛み合わない歯をガチガチと鳴らしている。
「テ、テテテテテテテメェッ! あのマゾヒスティックなヤロウか!
ハミングソード!」
『えっ、あ、はいマスター!』
「逃げるぞ!」
『りょ、了解!』
踵を返し、シンが私と反対方向へ逃げ去る。
「賢明な判断だな。だが、私の目から逃れられると思っているのか?」
その言葉は届いていないだろう。シンはそれと無関係に、大声で叫んだ。
「大変だー! オヤジー! 早く来てくれー!
マゾヒスティックで変態で、キモくてモチーフがガッチャマンで『ニョッ』とか奇声を上げるのが日課でヴァレンタインのストーカーで常に息をハァハァ荒げて監視するヤツがここにいるぞーッ!」
…………。
「……待て。いや待て、ちょっと待て!」
クレッシェンドに声高に、慌てて私はシンの後を追う。
「げげぇっ! 変態ヤロウが追っかけてきやがる! えんがちょー!」
『えんがちょー!』
「待て! 待てと言っている!
貴様のその嘘と偏見に満ちあふれた記憶を修正しなければ、私のプライドというものに傷が付く!」
「えっ、プライドなんてあったのかよ?
オヤジにきいたところによれば、何でもプライドをボロボロのボロぞーきんが如く痛めつけてズタボロにしてくれるような女がタイプって……」
「あ・の・『背徳の炎』めがぁぁぁぁぁぁぁッ! 後で絶対死なない程度に殺してやる!
――とすれば、吹きこまれた嘘もあいつからか!」
「いや。二割くらいはカイからだ」
「腐れ親どもがッ! 二人まとめてバックヤード深部に流してやる!
その前に、貴様止まれ! 私の走行速度が貴様より遅いのを知っての事かッ!?」
「いいや。でもやっぱ、老人って足遅ぇんだな」
「ぐぁぁぁああッ! やはり貴様も同罪だッ!
そこに直れッ! 直立不動で待っていろ! 大人の恐怖というものを教えこんでやる!」
「やーだよー! あっかべー!」
『あっかんべー!』
「フン、啼いているがいい! 我が特技を目と身で知れ!」
言いつつ、空間転移の法力を練り上げる。
到達点は、シンの進路方向。
「感じろ、視線を!」
視界は急激に変化し、それは先までとは異なるものを映し出す。
それは、相変わらずの速度でこちらへ迫り来るシン。
「――ま、待て! 止まれ! さもないと――」
「止まんねー!」
がづっ!
「にょ。」
ずざぁぁぁぁぁっ!
勢いそのまま、私を跳ね飛ばす衝撃。声。そして地面に擦られる痛み。少し気持ち良い。
しかし恍惚とするものでもなく、私はすぐさま立ち上がり、シンに鈍足の術をかけた。
「レーディヒブリック!」
「うぉっ、しまった!」
そのまま逃げようとするシンの動きを鈍らせ、逃げ切れないようにする。
シンの目の前で仁王立ちし、説教をしようと口を開けた。
だが。
「――シーン! どこだ! どこへ行きやがった!」
「あ、オヤジ! オヤジの声――もがっ!」
「背徳の炎」の声に驚き、助けを求めようとしたシンの口に手を突っこみ無理矢理静かにさせる。
「静かにしていろ。……このタイミングで『背徳の炎』と会っては拙いな……」
ガチッ!
「ンギモヂッ!」
突っこんでいた手を噛まれ、反射で手を引っこめる。
シンは苦い顔をして唾を吐いた。
「ケッ! 悪人の下っぱなんかに捕まってられっか!」
そうしてシンが息を吸いこむ。
拙い。
ここで「背徳の炎」が私を見つけたら、恐らく本気で殺しにかかる。
しかしそうなれば、「あの御方」から課された「監視だけしている」という命令は破られる事になる。
それだけは避けたい。だが、シンの抵抗は激しい。どうすればいい? どうすれば――。
必死に考える。その刹那、苦し紛れに私が囁く。
「待て! 私は……私達は悪人じゃぁない!」
「えっ? なんで?」
反論。
それに戸惑う。一応の時間稼ぎはできたが、どう答えればいいのか……。
「それは……それは……」
頭を回す。痛くなってきた頭を抱え、また苦し紛れを発する。
「『あの御方』……『GEARMAKER』は……正義のヒーローだからだッ!」
「ええっ!」
シンは真に受けかなり驚く。そして瞳を輝かせ……。
……輝かせ?
「すげーっ! すげーぞ! 正義のヒーロー!
あ! すると、ギアメーカーってのは悪の組織の手によって改造された、改造人間!?」
どこかで聞いたことのある設定を振りかざし、シンは純粋な目でこちらを見つめる。
こうなれば……嘘八百を並べるしかない!
「そ……そうだ!
ギアメーカーは悪の終戦管理局によってギア人間にされ、同じ境遇に立たされた他のギアの頂点に立ち、終戦管理局に歯向かうヒーロー!
必殺技のザットマンキックで終戦管理局の手先であるロボカイを倒し、ロボカイの指揮官クロウを追いつめる!」
「うおーっ! すげーッ!」
どうやらこの年頃の子供には素晴らしい話らしい。食いつきがいい。が……。
ギア人間って何だ。
ザットマンキックというネーミングセンスは何だ。
自分で言ってて非常に恥ずかしいでっち上げは、己の顔すら赤面させる。仮面でシンに見えないのが幸いだ。
『ちょっ……ちょっとちょっとマスター! 冷静になってよ!
第一、正義のヒーロー? なら、なんでマスターのお養父様が倒そうとしてるんですかー!』
「あ! そーだ!
オヤジは悪人じゃねーぞ! そりゃ俺のこと殴ったり蹴飛ばしたり燃やしたりするけど、悪人じゃねーぞ!」
「ぐっ!」
痛いところを突かれた。
意外と小賢しいミニオンだ。また窮地に立たされる。
「それはっ……それはっ……!」
『ほーら見なさい。やっぱりギアメーカーは――』
「洗脳されたんだッ!」
『……なっ!』
一人と一匹が同時に驚愕する。
「正義のヒーロー・ギアメーカーの活躍ぶりを危惧した終戦管理局は、それに対抗するギア人間を創り上げた!
それこそ貴様の養父フレデ……ソル=バッドガイ! これまでギアメーカーの友人だったソルは、終戦管理局の手にかかり最強の対・ギアメーカー兵器と化してしまった!
常日頃は人間と変わらないが、視界にギアメーカーを認めた途端、凶悪な殺戮衝動を表に出してしまう人外となった!
それに悲嘆するギアメーカー! 彼はその悲しみから顔を隠し、ソルとの衝突をなるべく避け、日頃は現世でなく秘密基地のバックヤードに住むようになった!
バックヤードで情報収集を行い、何とかソルの洗脳を解こうとし、更に無関係な人々を襲うロボカイ軍団をはねのけながら、ギアメーカーは今も人々のために戦っているのだ!」
「すっげーすっげー!
で、ヒーローっていうからには秘密兵器とか二つ名とかあるんだよな!」
「……えーっと……ギアメーカーの秘密兵器はザットマンキャノン! ギアメーカーに仕える二体のビットが合体することによって発動する禁断の兵器!
カートリッジたる本を入れ替えることでそのビームは七色に変化し、敵部隊を一撃で葬り去る最強のビームを射出する!
ギアメーカーの二つ名は『永遠なる頭巾(エターナル・フード)』! 友人を直に見れない悲しさが滲む咎の二つ名!」
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
どうやらかなり感激しているらしい。ばたばた手足を動かし、目を見ると感涙の涙がうっすら浮かんでいる。
一方、ミニオンは私の話を嘘だととっくに見抜いている。明らかに「怪しい」と斜睨みする目が、ふと意地悪に輝いた。
『――じゃあ、その正義のヒーロー・ギアメーカー様は、色んな人を喜ばせるために戦ってる、ってゆーコトよねー』
「そうだ」
『それで、そのギアメーカー様に仕えるアンタも、人を喜ばせるのが義務ってコトよね?』
「……そうだ」
雲行きが怪しい。
しかし、それが当然と思うシンの前で否定しては、シンにまで怪しまれる。私はそうとしか答えようがなかった。
そして、ミニオンがにやりと笑って、私に告げた。
『じゃあ、マスターを喜ばせるために――お馬さんごっこやりましょうか!』
「なっ、」
「お馬さんごっこ!」
シンの目の光が絶頂に達する。
……ギアとしての年齢で二十そこらの奴がお馬さんごっこ……。
あの親ども……どういう教育をしている!?
愕然とするが、私を見るシンの目には期待の二文字しか映っていない。
断れば疑念を持たれる。しかし、私にもプライドがある。が、疑念を持たれて「背徳の炎」を呼ばれるのは拙い。だが……。
『やっぱりね。アンタもギアメーカーも悪人じゃないの!』
その言葉が。
私に、がっくりと膝をつかせる。
屈辱的だ。だが……やるしか道はない。
四つん這いになり、傍目からすればそれは落ちこんだかのよう。――実際の心情もそうだが、シンにはそうと映らないだろう。
「いいか、シン。私は正義のヒーロー・ギアメーカーの下っ端で、ソルと会ってはいけない身の上だ。ソルが来ては困る。だから、気づかれないように声は小さくしろ」
「分かった!」
その返答は小さく、恐らく表には聞こえない程度の音量だった。
いそいそシンは私の背に乗り、小さくはしゃぐ。
『良かったですねマスター! お馬さんも喜んでますよ!』
「誰が喜ぶかッ!」
『あらあらー? お馬さん、馬なのに人の言葉喋ってるぅー』
嫌味ったらしいその言葉、イノを髣髴とさせてなお憤怒が増す。
脳味噌の血管がブチブチ切れては再生する。そんなことも知らずにのんきにシンは「えーい! 走れー!」と私の腿をげしげし蹴る。
――いつか敵対する時が来たら生かして返さん――。
そう固く心に決意し、
「ひひーん。」
自分でも悲しい程に生気のない嘶きが、裏路地に響いた。
陽の光がこれほど希望に溢れていると感じた日は、恐らく今日が始めてだろう。
満足したシンに口止めをし、裏路地を出ようとした時のことだ。
表はさんさんと陽が差し、暖かに通行人を照らしている。
ようやく解放される。
屈辱の時から解き放たれ、私は静かな歓喜に打ち震えていた。
トラウマを植えつけられた裏路地から、表へ出た。
思ったよりも眩しく光が私を焼いた。
いや――本当に焼かれた。
「……え?」
痛みが走る。しかし、それを堪能するより混乱が起きた。
光の源。
そこに、大剣を構えた連王がいた。
「……いなくなったシンを、心配して探していたのですが……」
ばちばちと、大剣から雷と同時に殺気も放つ。
「どうやら……ソル、大きな獲物が出てきたようですね」
「ああ」
そうして、通行人の中から「背徳の炎」が。
「テメェの命もここまでだ……」
封炎剣を構え、「背徳の炎」が私に迫る。
非常に拙い。
「タイラン――」
空間転移を試みる――。
「――レイヴ!」
――無理だった。
……ンギモヂィィッ……。
真昼の喧騒に聞こえた声は、静かに虚しく掻き消えた。
「――おや、シン。勉強ですか。珍しいですね」
「んー?」
カイの問いかけに、シンは曖昧に返答する。
ふふ、と微笑み、カイが近づく。が、シンは近づいてきた彼の顔をぎゅむ、と手で除けた。
「勝手に見んなよ。第一、これ勉強じゃねーし」
「そうですか。
……夜更かしはいけませんよ。もうすぐ十時です。子供は早く寝なくてはいけませんよ」
「分かってるって! あと子供扱いすんな!」
「はいはい」
――それでも、シンは子供ですね。
ちらりと見えた絵日記は、雑であまりよく見えなかったが、幼い頃から好きだったお馬さんごっこではしゃぐシンと、それに付き合わされる誰かが描かれていた。
――誰なんでしょうか。下の者が付き合ってくれたんでしょうか?
だとすれば、感謝しなくてはいけませんね。
そう思いつつ、カイはシンの部屋から去っていった。
8月22目
きょおはオヤジといっしょにカイのところにいった。
二人がはなしてるあいだヒマだったからじょおかまちにいくとレイヴンがいた。
レイヴンはせいぎのヒーロー・GEARMEKARのはなしをしてくれて、本とうはいい人なんだといわれておどろいた。
それと、レイヴンは下っぱだからおれにおうまさんごっこをやってくれた。
だからきょおはたのしかった。
あしたもたのしいといい。
おわり。