Iron face
ため息が、紅茶から立ち昇る真っ直ぐな湯気を傾かせる。
仕事の合間の、ほんのささやかな一時。紅茶を嗜むなどといった高尚な趣味はないが、こういった時間に没頭するのも悪くない。
湯気が顔に当たり、メガネが曇る。
クロウは不健康そうな顔をしかめ、ティーカップを持っていない左手片方でメガネを外した。
丁寧でない手つきでそれを近くの書類の山に置き、薄ぼんやりとした視界の中で独り、ごちる。
「……僕としては、もう君とは縁を切りたいところだけどね」
輪郭のはっきりしない金属の塊に向けて彼が言い放つ。
無機物と話す。それはこの時代の人間から見れば狂気に取り憑かれたかと思うことだが、意外にも金属が返答した。
「駄目博士メ! ワシノコノ素ン晴ラシーイすぺっくヲ理解デキナイトハ、貴様ノ目ハどーなつノ穴モ同然ヨ!」
「ま、確かに。スペック『だけ』はいいんだよね……」
「だけ」に重きを置いて嫌味ったらしくクロウが言うも、ロボカイはその言葉の裏を無視して胸を張る。
「オオ、ヨウヤク分カッタカ駄目博士。
ソウ、ワシコソ貴様ノ最高傑作。コレダケハ誇ッテイイゾ駄目博士」
ぷしゅー、と口から煙が吐かれる。その煙を顔に浴びたクロウは、ぱたぱた手を振り煙を逃がす。
「でも君は、スペック以外に問題があるんだよ」
「ム。ドノヨウナ問題ダ?
びじゅあるモナカナカニ合格点以上、ぱーふぇくとカツえれがんとナワシニ問題ナド――」
「君さ。その感情が問題なんだよね」
紅茶を啜りつつ、クロウ。
「製造主を駄目博士と呼ぶし、仕事サボるし、せっかく搭載した透視機能ものぞき見用になってるし。
それに、今日。君が故障したのは、うっかりしてヨーヨーを心臓部にぶつけられたからだろ?」
「ナニヲ言ウ! コレハ名誉ノ傷ダ!」
手を上下に振り、駄々っ子のように地団駄を踏む。よく目を見ると、うっすらとオイルが浮かんでいた。だんだんと熱が上がっていく。髪はぷすぷすと焦げる音を立て、タンパク質の焼ける嫌な臭いが漂う。
「ワシガ脳内デドレダケノたすくヲ処理デキルカヲ確カメルタメ、突如トシテ襲ッテキタ凶暴ナ熊ト戦イツツ、今日ノ晩ゴ飯ハナンダロウナト考エテイタダケダ!」
「変な言い訳もするし、やっぱりジャスティスコピーの方が使い勝手いいかなぁ……」
遠い目をするクロウ。
「ナニー! 貴様、ワシヨリアノヨウナ色気モ何モナイ木偶ノ棒ノ方ガイイト思ッテイルノカ!?」
「そうだな。それじゃあ早速本部にジャスティスコピーの量産のための材料とかを要請しよう」
「オイ、コッチヲ向ケ駄目博士! 今ナラワシノぱーとなートシテ美女ノあんどろいどヲ造ルクライデ許シテヤル!」
「あ、そうだ。燃えないゴミの日っていつだったっけ」
「アノ、駄目博士? サッサト修理シヤガラナイト後々罪悪感ニサイナマレチャッタリシテ後悔シマスヨ?」
「でもなー。確か鉄ゴミは引き取ってくれるところがあったはずだし、まあ鉄と燃えないゴミとに分別して出せばいいよね」
「ヌッガアー! ワシノ怒リガ有頂天!
シタテニ出レバツケアガリヤガッテ! コノ駄目博士! イヤ、ムシロ駄目駄目博士! ワシガふるぱわーニナッタアカツキニハ、ギッタンギッタンノ一反木綿ニシテヤルゾ!」
「じゃ、どーやってフルパワーになるわけ?」
「ムロン、貴様ガワシヲ修理シタトキダ」
頭が痛くなる。
「……どうやら君は、感情どころか論理機能にも問題があるようだね。
ま、こんなゴミ、明日になればおさらばなんだけど」
「ウウ……イヨイヨワシモ身売リノトキカ……思エバ長イ人生、否、ろぼ生ダッタ……」
「はいはい」
適当に返事をしつつ、とりあえずクロウがゴミ袋を取ろうとして立ち上がり、ロボカイに背を向けどこかへ行こうとする。
が、ロボカイはその背に、ぼそりと言葉を投射する。
「秘蔵ノ、でぃずぃー水浴ビ写真ガワシノめもりーニ」
ぴたり。
クロウの動きが停止して、首を回してロボカイに微笑みかけた。
「――オーケー、ロボカイ。どうやら僕の方に問題があったようだ」
クロウがロボカイの処理を考え始めて、はや一年。
色々あって、今日もロボカイは動いている。